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 四章 雲を割るあの青は [ きみのたたかいのうた ]

 温かい腕に包まれてナルトは目を覚ました。
 人肌のぬくもりに暖まったベッドはふわふわとこの上なく気持ちがいい。くわ、と欠伸を漏らし、今日は任務だっただろうかと、何気なく枕元に目をやった。
 ────ウッキー君がない。
 ナルトがプレゼントした植物をカカシはいつも枕元に置いて大切にしていてくれたのだ。
 思わず起き上がろうとして、ナルトは腕の持ち主に阻まれた。
「どうしたの」
 寝起きの声で囁かれる。
「先生、ウッキー君がない」
 顔を見ようとして失敗した。抱き込まれたのだ。
「……あー、ごめん。この前枯らしちゃってね」
 そんな馬鹿な。昨日は確かに枕元にあったのに。
 そう考えてナルトはようやく気付いた。ここは、未来だ。
「ごめんね、ナルト」
 顎に手が掛かり、顔を上げさせられる。間近に見るカカシの顔にはうっすらと疲労が浮かんでいた。
 ナルトの知らない、七年の間隙がそこにあった。
「……そっか。オレ、いないんだっけ。じゃあ仕方ないってばよ。先生、植物の病気とか詳しくないもんな」
 ちくりと痛む胸を知らぬふりで、へらりと笑う。
「先生、今日任務は?」
「うーん、午後から」
 敢えて明るい声を上げる。
 意図を察したのだろう。カカシの右目がゆるりと細まった。
「じゃあオレってば修行してようかな」
「なら影分身置いていくから、そいつに相手してもらいな。今のお前が使えるような巻物もないしね」
 眠たげに囁かれる。
「先生チャクラ少ないじゃん。それで任務失敗したらどーすんの?」
 にしし、と笑うと、生意気な、とばかりに腕の力が強まった。
「お前と比較するんじゃないの」
「本当のことじゃん、って、先生苦し、ちょ、締め過ぎっ」
 ぎしぎしと骨が軋むほどに抱き締められ、慌てて胸を叩く。カカシはにやにやと笑い、おしおきだよ、と囁いた。
 どうにか解放してもらったが、体中が痛い。
「ひでぇ……」
「何、まだ反省してないの?」
 わき、と手を動かされ、ナルトは勢いよく首を横に振った。チャクラはともかく、筋肉に衰えがないことはしっかりと体に思い知らされたばかりなので。
「センセーってば変わってねー」
「おや」
 カカシは心外な、と言いたげに片眉を跳ね上げる。
「お前のオレに対する評価が気になるところだね」
「想像にお任せします、ってば」
 ぺろり、と舌を出す。
 む、とカカシが口元を歪める。
 二人で睨み合って、同時に噴き出した。



 ナルトは印を組んでいた手元から視線を上げた。
 カカシの影分身が、ぺらり、と本をめくる。
 ひとしきりベッドでじゃれた後、眠いとごねるカカシを宥めすかして起こし、どうにか任務へと送り出した。
 言葉通り影分身を置いて行ってくれたのだが、そこはやはりカカシの影分身だった。
 頼み込んで貸してもらった巻物相手にうんうん唸って格闘しているナルトを前に、のんびりと本を開く始末である。
 時折、ついでのように口を挟んでくるが、それ以外は放置である。少しばかり期待してしまった自分はまだまだ、ということか。
 難解な巻物相手に頭を捻るのにも疲れてきた。
 うん、と伸びをして、ナルトはカカシに視線を向けた。
 影分身がナルトに意識を向けていないのをいいことに、じっくりと観察する。
 銀の髪がきらきらと陽光に輝いている。家の中だからと口布は下ろされ、端正な顔立ちがあらわになっていた。軽く捲り上げられた袖から覗く腕には傷跡が増えている。
 だが服の上からでも分かる引き締まった体躯も、白い肌も、柔らかに緩まる目元も、さらされた首筋にも、年を感じさせるものはない。七年。ナルトはその年月を口の中で転がした。
「なーに」
 視線が合った。
「なんでもっ」
 慌てて目を逸らす。くくと喉を鳴らして笑う声が届いて、ナルトは頬を染めた。
 なんだかひどく気恥ずかしい。
 ふと思い立ってナルトは立ち上がった。喉が少し渇いている。自分にはお茶を、カカシにはコーヒーを淹れようと思いついたのだ。我ながら気が利いていると自画自賛しつつ踵を返そうとして、
 腕を掴まれた。
 ちり、と威圧感が肌に刺さる。
「先生?」
 振り返ってナルトは絶句した。
 穏やかな雰囲気をまとっていた影分身が顔を強張らせ、腕をしっかりと掴んでいた。
「どこ行くの」
 ぎりぎりと指が腕に食い込む。
「どこって…喉渇いた、から」
 カカシの片目が偽りを許さないと言うように鋭く細められている。
 その視線の先に確かにナルトがいるはずなのに、合わないことに背筋が粟立った。
「喉……そう」
 納得したのか、不意に掴まれていた腕から力が抜ける。痛む箇所はあざになっているかもしれない。
「カカシ先生……?」
 どこを、見ているのだろう。
 こくりと唾を飲み込み、ナルトはせりあがってきた問いも押し戻した。
 何故だか、訊いてはいけない気がした。張り詰めたカカシの空気が、それを拒んでいるようで。
 逃げるようにナルトはキッチンへ向かった。

「おいで、ナルト」
 差し出されたコーヒーを脇に置き、カカシはゆるりと手招きした。
「えっと」
 ナルトの手にはお茶がなみなみ入ったコップがある。
 先程の豹変を全く感じさせない穏やかさに、逆にナルトは逡巡した。
 だが、カカシの機嫌を損ねるのは得策ではない。
 ナルトはコップの中身が零れないよう注意しながら、胡坐を組んだ影分身の足の上に腰を下ろした。背中から覆いかぶさるように抱きかかえられる。
 コップを傾けて、冷たいお茶を喉に流し込む。
 脇に置かれたままのコーヒーが手を付けられないままゆっくりと冷めていくさまに、ナルトは言い知れない不安の種が心の隅に蒔かれたことを自覚した。


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